| 嘉永5年(1852) |
岸和田藩主が上砂町(うえすなまち、今の北町)に「藩学講習館」をつくった。武士でもない子も勉強する事ができた。 |
| 明治5年(1872) |
学生頒布(がくせいはんぷ)。どの子供も6才になったら入学して勉強するという国の決まりができた。名が和泉第15区学校とかわった。 |
| 明治6年(1873) |
泉州第21番小学(北)、泉州第22番小学(南)が出来た。21番小学は砂町(かんかん場の近く)に、22番小学は本町(消防署の近く)にできた。 |
| 明治8年(1875) |
第21番小学が岸和田砂町小学、第22番小学が岸和田本町小学と名がかわった。 |
| 明治9年(1876) |
岸和田砂町小学が岸和田北小学、岸和田本町小学が岸和田南小学と名がかわった。 |
| 明治14年(1881) |
岸和田北小学が公立岸和田北小学校分校、岸和田南小学が公立岸和田小学校と名がかわった。 |
| 明治16年(1883) |
大阪府南日根郡第2学区公立岸和田小学校と名がかわった。分校は分教場となった。 |
| 明治20年(1887) |
大阪府南郡町立岸和田尋常小学校と名がかわった。高等小学校ができた。 |
| 明治25年(1892) |
岸和田町、岸和田浜町(今の浜小学校)、岸和田村、沼野村の4つの町村がつくった学校、大阪府町村立岸和田尋常高等小学校ができた。今の中央・城内・浜・朝陽校区の子供が、みんな一緒に勉強した。 |
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岸和田市立浜小学校創立100周年
記念事業推進委員会 |